豊臣秀吉 4

「豊臣秀吉 3」 山岡荘八著 講談社 読破
秀吉は何か月もかかってなおせなかったお城の石垣を
早く仕上げた組には報酬を出すといって競争させて10日で石垣をなおしてしまった。
その頃美濃攻めには川向うの墨俣に城を築かねばならなかったが、
佐久間信盛も柴田勝家も失敗した。
城ができる前に美濃の斎藤軍によってやられてしまうのだ。
そこで武家奉公をしたかった秀吉が墨俣に城を築くと申し出た。
金五百貫をもらった秀吉は野武士の蜂須賀正勝(小六)のもとにいって、
協力をとりつけた。野武士も世に出るチャンスだ。
稲葉山城の裏手の山から木を切ってイカダにして河を下り墨俣に城を築いてしまった。
秀吉は墨俣城をまかされることになり、この頃弟の秀長や家族を墨俣城に呼んだようだ。
秀吉は美濃の武将の調略をはじめた。
美濃も斎藤道三から義龍、龍興と続いてきた。
龍興の代になると腰元が50人を超え、奥の人数は200人くらいいたという。
毎日酒浸りで家臣に腰元を与えたりしてたようだ。
だんだん龍興の家臣たちは出仕しなくなり仮病で休むようになった。
そんな折、竹中半兵衛が龍興をいさめるためたった18人で稲葉山城を奪ってしまった。
秀吉が稲葉山城を受け取りにいったが軽く竹中半兵衛にあしらわれてしまった。
竹中半兵衛は龍興をいさめて城を龍興に返して隠棲してしまった。
竹中半兵衛を憎んだ龍興は竹中半兵衛を殺そうとしいた。
頭が良すぎるのも困ったものだ。
秀吉はそんな竹中半兵衛の元を訪れ軍師に迎えた。
龍興の家臣の調略もすすみ後は稲葉山城を落とすのみとなった。
信長は稲葉山城に総攻撃をかけ、秀吉は稲葉山城の裏手から忍び込んで火をつけた。
信長は稲葉山城を手に入れ美濃を岐阜とあらためた。
秀吉も墨俣に城を築いた武将として有名になった。
そんな折、信長の妻濃姫のいとこという明智光秀が信長に士官してきた。
なんでも室町幕府将軍足利義昭をともなってきたようだ。
秀吉の良いライバルとなった。
伊勢で苦戦している滝川一益の援助に秀吉と光秀がおもむき成果をあげた。
秀吉は信長の妹の17才の市姫に懸想してしまった。
秀吉は何か月もかかってなおせなかったお城の石垣を
早く仕上げた組には報酬を出すといって競争させて10日で石垣をなおしてしまった。
その頃美濃攻めには川向うの墨俣に城を築かねばならなかったが、
佐久間信盛も柴田勝家も失敗した。
城ができる前に美濃の斎藤軍によってやられてしまうのだ。
そこで武家奉公をしたかった秀吉が墨俣に城を築くと申し出た。
金五百貫をもらった秀吉は野武士の蜂須賀正勝(小六)のもとにいって、
協力をとりつけた。野武士も世に出るチャンスだ。
稲葉山城の裏手の山から木を切ってイカダにして河を下り墨俣に城を築いてしまった。
秀吉は墨俣城をまかされることになり、この頃弟の秀長や家族を墨俣城に呼んだようだ。
秀吉は美濃の武将の調略をはじめた。
美濃も斎藤道三から義龍、龍興と続いてきた。
龍興の代になると腰元が50人を超え、奥の人数は200人くらいいたという。
毎日酒浸りで家臣に腰元を与えたりしてたようだ。
だんだん龍興の家臣たちは出仕しなくなり仮病で休むようになった。
そんな折、竹中半兵衛が龍興をいさめるためたった18人で稲葉山城を奪ってしまった。
秀吉が稲葉山城を受け取りにいったが軽く竹中半兵衛にあしらわれてしまった。
竹中半兵衛は龍興をいさめて城を龍興に返して隠棲してしまった。
竹中半兵衛を憎んだ龍興は竹中半兵衛を殺そうとしいた。
頭が良すぎるのも困ったものだ。
秀吉はそんな竹中半兵衛の元を訪れ軍師に迎えた。
龍興の家臣の調略もすすみ後は稲葉山城を落とすのみとなった。
信長は稲葉山城に総攻撃をかけ、秀吉は稲葉山城の裏手から忍び込んで火をつけた。
信長は稲葉山城を手に入れ美濃を岐阜とあらためた。
秀吉も墨俣に城を築いた武将として有名になった。
そんな折、信長の妻濃姫のいとこという明智光秀が信長に士官してきた。
なんでも室町幕府将軍足利義昭をともなってきたようだ。
秀吉の良いライバルとなった。
伊勢で苦戦している滝川一益の援助に秀吉と光秀がおもむき成果をあげた。
秀吉は信長の妹の17才の市姫に懸想してしまった。
豊臣秀吉 2

「豊臣秀吉 2」 山岡荘八著 講談社 読破
尾張の市場で泣きぬれている針売りがいた。
なんでも身ごもっていた妻をコロされてしまったのだそうな。
秀吉であった。
市場ではさまざまな情報が入ってきて間諜などもいた。
それゆえ情報を得るために信長も市場に来ることが多かった。
ここで秀吉は信長と前田犬千代(利家)とねねと知り合った。
秀吉と利家が会話をしている話を聞いて信長は秀吉に興味をもった。
はじめから秀吉は信長に聞こえるように利家と話をしていたのだった。
今川や武田の情報を話していたようだ。
信長は秀吉に馬屋番をさせることにした。
ちゃんと馬屋番を勤めた秀吉は草履取りをしたりしたが
台所奉行や木材奉行をまかされるようになった。
台所で燃やす木材を半分にしろという命令だったがうまくこなしたようだ。
そのうち駿河の今川義元が上洛戦をしかけてくるという。
台所奉行の秀吉は籠城にみせかけるために味噌買いをした。
奉行になった秀吉は野武士の蜂須賀小六のところへいって協力をとりつけた。
信長と秀吉は祭りがあると繰り出し野武士などに会ったり布をあげたりした。
その布は尾張に今川義元が攻めてきたらそこらじゅうで旗をあげるというものだった。
そして今川義元が今夜は大高城に泊まると聞いた信長はほら貝を吹かせると城を飛び出した。
信長の馬のくつわを取るのは秀吉だった。(この本では)
熱田神社で祈り味方が集まるのを待ち今川義元の本陣を奇襲した。
ちょうど雷雨があったようだ。
尾張の清州の城では濃姫、ねねなどが心配していたが、
今川義元を討ち取った信長が凱旋して帰ってきた。
ねねは秀吉がいないと心配していた。
秀吉は帰りは馬に乗って帰ってきたのがわからなかったのだ。
ねねと秀吉は結婚した。媒酌人は前田犬千代だった。ねね14才。
秀吉はいっそう仕事に励まなければならない。
秀吉は城の石垣が崩れていたのでお城修理の普請奉行をすることになった。
尾張の市場で泣きぬれている針売りがいた。
なんでも身ごもっていた妻をコロされてしまったのだそうな。
秀吉であった。
市場ではさまざまな情報が入ってきて間諜などもいた。
それゆえ情報を得るために信長も市場に来ることが多かった。
ここで秀吉は信長と前田犬千代(利家)とねねと知り合った。
秀吉と利家が会話をしている話を聞いて信長は秀吉に興味をもった。
はじめから秀吉は信長に聞こえるように利家と話をしていたのだった。
今川や武田の情報を話していたようだ。
信長は秀吉に馬屋番をさせることにした。
ちゃんと馬屋番を勤めた秀吉は草履取りをしたりしたが
台所奉行や木材奉行をまかされるようになった。
台所で燃やす木材を半分にしろという命令だったがうまくこなしたようだ。
そのうち駿河の今川義元が上洛戦をしかけてくるという。
台所奉行の秀吉は籠城にみせかけるために味噌買いをした。
奉行になった秀吉は野武士の蜂須賀小六のところへいって協力をとりつけた。
信長と秀吉は祭りがあると繰り出し野武士などに会ったり布をあげたりした。
その布は尾張に今川義元が攻めてきたらそこらじゅうで旗をあげるというものだった。
そして今川義元が今夜は大高城に泊まると聞いた信長はほら貝を吹かせると城を飛び出した。
信長の馬のくつわを取るのは秀吉だった。(この本では)
熱田神社で祈り味方が集まるのを待ち今川義元の本陣を奇襲した。
ちょうど雷雨があったようだ。
尾張の清州の城では濃姫、ねねなどが心配していたが、
今川義元を討ち取った信長が凱旋して帰ってきた。
ねねは秀吉がいないと心配していた。
秀吉は帰りは馬に乗って帰ってきたのがわからなかったのだ。
ねねと秀吉は結婚した。媒酌人は前田犬千代だった。ねね14才。
秀吉はいっそう仕事に励まなければならない。
秀吉は城の石垣が崩れていたのでお城修理の普請奉行をすることになった。
豊臣秀吉 1

「豊臣秀吉 1」 山岡荘八著 講談社 読破
尾張中村で秀吉は生まれた。愛知かな。
幼名を日吉といった。
秀吉の父は織田家の足軽だったが怪我をして亡くなってしまった。
秀吉の母は織田家で茶坊主をしていた竹阿弥と再婚した。
竹阿弥も病気がちで茶坊主をしてられなくなったのだが、
秀吉の家の農地を買い戻してくれたみたいだった。
秀吉は小さい時からわんぱくで人の三倍は働いた。
染物屋で奉公していた時は色盲で色がわからず
人の三倍は働くので不良品も三倍は出した。
秀吉が色盲というのはフィクションのようだ。
染物屋から追い出されると竹阿弥やお寺のお坊さんが
秀吉に仕事を次々と見つけてきてくれた。
でも秀吉は二か月くらいたちだいたい仕事を憶えてしまうと
また他の仕事をやり始めた。
いろんな仕事をしたみたいだが皆二か月でやめてしまうので
地元ではとうとう働き口が亡くなってしまった。
秀吉には野望があった。
自分が天下を統一して戦乱の世の中をなくして平和な世の中にすることだ。
織田軍が美濃に攻め入っている時に秀吉の村を夜盗が襲った。
その時、自分が天下を取って戦いのない世の中にしようと誓ったのだった。
奉公先もなくなったので秀吉は諸国をまわって奉公口を探してみようと思った。
秀吉は竹ノ内浪太郎が通るのをまちかまえて1か月も橋の上にいたりした。
折よく野武士の蜂須賀小六と知り合って兄弟の盃をかわした。
野武士は南朝に味方したものたちで竹ノ内浪太郎というのは南朝の血筋のものらしかった。
秀吉は蜂須賀小六のもとで剣、槍、弓、馬術などの武芸を学んだようだ。
野武士の戦術なども学んだのかもしれない。
秀吉は一通りなことを学ぶと諸国をめぐることにした。
蜂須賀小六に餞別にお金をもらうとそれを針に変えて諸国をめぐることにした。
まず美濃に行ってみた。美濃の斎藤道三の街は繁盛していて秀吉の針も売れ行きが良かったようだ。
そこで若き明智光秀から女の人を駿河まで届けてほしいと頼まれる。
お金をもらってしまった。お春という女の人が現れて婿にされてしまった。
秀吉は尾張の細作と思われて、細作のお春を駿河に送ってくれるように頼まれたのだ。
お春は朝倉の細作だった。なんでも京に上洛できる人物を探しているらしい。
お春は今川義元、武田信玄などの情報が欲しかったようだ。
秀吉とお春は本当の夫婦のようになって今川家の松下嘉兵衛の屋敷でつかまった。
松下嘉兵衛の屋敷で奉公することになった。
そこへ武者修行をしている一行が屋敷にたちよった。
その中にお春の婚約者がいた。男がかってに思い込んでいるようだった。
そんな折に秀吉は武田家への使いを頼まれる。
お春は婚約者に見つかってしまった。おなかの中には秀吉の子がいた。
フィクションですか?はい、フィクションです。。。
尾張中村で秀吉は生まれた。愛知かな。
幼名を日吉といった。
秀吉の父は織田家の足軽だったが怪我をして亡くなってしまった。
秀吉の母は織田家で茶坊主をしていた竹阿弥と再婚した。
竹阿弥も病気がちで茶坊主をしてられなくなったのだが、
秀吉の家の農地を買い戻してくれたみたいだった。
秀吉は小さい時からわんぱくで人の三倍は働いた。
染物屋で奉公していた時は色盲で色がわからず
人の三倍は働くので不良品も三倍は出した。
秀吉が色盲というのはフィクションのようだ。
染物屋から追い出されると竹阿弥やお寺のお坊さんが
秀吉に仕事を次々と見つけてきてくれた。
でも秀吉は二か月くらいたちだいたい仕事を憶えてしまうと
また他の仕事をやり始めた。
いろんな仕事をしたみたいだが皆二か月でやめてしまうので
地元ではとうとう働き口が亡くなってしまった。
秀吉には野望があった。
自分が天下を統一して戦乱の世の中をなくして平和な世の中にすることだ。
織田軍が美濃に攻め入っている時に秀吉の村を夜盗が襲った。
その時、自分が天下を取って戦いのない世の中にしようと誓ったのだった。
奉公先もなくなったので秀吉は諸国をまわって奉公口を探してみようと思った。
秀吉は竹ノ内浪太郎が通るのをまちかまえて1か月も橋の上にいたりした。
折よく野武士の蜂須賀小六と知り合って兄弟の盃をかわした。
野武士は南朝に味方したものたちで竹ノ内浪太郎というのは南朝の血筋のものらしかった。
秀吉は蜂須賀小六のもとで剣、槍、弓、馬術などの武芸を学んだようだ。
野武士の戦術なども学んだのかもしれない。
秀吉は一通りなことを学ぶと諸国をめぐることにした。
蜂須賀小六に餞別にお金をもらうとそれを針に変えて諸国をめぐることにした。
まず美濃に行ってみた。美濃の斎藤道三の街は繁盛していて秀吉の針も売れ行きが良かったようだ。
そこで若き明智光秀から女の人を駿河まで届けてほしいと頼まれる。
お金をもらってしまった。お春という女の人が現れて婿にされてしまった。
秀吉は尾張の細作と思われて、細作のお春を駿河に送ってくれるように頼まれたのだ。
お春は朝倉の細作だった。なんでも京に上洛できる人物を探しているらしい。
お春は今川義元、武田信玄などの情報が欲しかったようだ。
秀吉とお春は本当の夫婦のようになって今川家の松下嘉兵衛の屋敷でつかまった。
松下嘉兵衛の屋敷で奉公することになった。
そこへ武者修行をしている一行が屋敷にたちよった。
その中にお春の婚約者がいた。男がかってに思い込んでいるようだった。
そんな折に秀吉は武田家への使いを頼まれる。
お春は婚約者に見つかってしまった。おなかの中には秀吉の子がいた。
フィクションですか?はい、フィクションです。。。
逆説の日本史27明治終焉編

「逆説の日本史27明治終焉編」 井沢元彦著 小学館文庫 読破
韓国併合について書こうと思うのだが朝鮮の李朝かな。
朝鮮は古くから中国の属国で、日本は日清戦争に勝つと朝鮮を独立させた。
リャオトン半島などももらったが三国干渉を受けて清に返した。
しかしリャオトン半島はロシアのものとなってしまった。
日本が朝鮮に兵を出さなければ朝鮮は中国かロシアのものとなっていた。
ロシアのものとなると次は日本がロシアに侵攻されるかもしれない。
日本は大変な危機感をもっていた。
それで日露戦争は起こった。
日露戦争に勝つと日本は朝鮮と満州の支配権をもらったのかな。
黄色人種の日本人が白人に勝ったことでアジアの人たちに大きな感銘を与えた。
韓国の人たちは植民地支配で韓国は日本に収奪されたと思っているみたいだが、
日本は韓国に日本本土以上のお金をかけてインフラ整備などをした。
道をつくり橋をかけ鉄道を通し学校や病院をたてた。
李朝の時代には学校はほとんどなかったが誰もが学校に通えるようにした。
福沢諭吉などが協力してハングルの言語を整えて教えた。
ダムや工場を作ったりした。
イギリスのインド支配においてインドは収奪されるだけだったが日本は違った。
でも朝鮮戦争が起こり韓国は荒廃してしまったのかもしれない。
全部日本のせいだと思ったようだ。
韓国は日本を嫌って日本が建てた建物を壊したりした。
日本は悪者になってしまった。。。
っというようなことはこの本には書いてないかもしれないけど私が思っていることを書いた。
韓国併合について書こうと思うのだが朝鮮の李朝かな。
朝鮮は古くから中国の属国で、日本は日清戦争に勝つと朝鮮を独立させた。
リャオトン半島などももらったが三国干渉を受けて清に返した。
しかしリャオトン半島はロシアのものとなってしまった。
日本が朝鮮に兵を出さなければ朝鮮は中国かロシアのものとなっていた。
ロシアのものとなると次は日本がロシアに侵攻されるかもしれない。
日本は大変な危機感をもっていた。
それで日露戦争は起こった。
日露戦争に勝つと日本は朝鮮と満州の支配権をもらったのかな。
黄色人種の日本人が白人に勝ったことでアジアの人たちに大きな感銘を与えた。
韓国の人たちは植民地支配で韓国は日本に収奪されたと思っているみたいだが、
日本は韓国に日本本土以上のお金をかけてインフラ整備などをした。
道をつくり橋をかけ鉄道を通し学校や病院をたてた。
李朝の時代には学校はほとんどなかったが誰もが学校に通えるようにした。
福沢諭吉などが協力してハングルの言語を整えて教えた。
ダムや工場を作ったりした。
イギリスのインド支配においてインドは収奪されるだけだったが日本は違った。
でも朝鮮戦争が起こり韓国は荒廃してしまったのかもしれない。
全部日本のせいだと思ったようだ。
韓国は日本を嫌って日本が建てた建物を壊したりした。
日本は悪者になってしまった。。。
っというようなことはこの本には書いてないかもしれないけど私が思っていることを書いた。


