新書太閤記 8
新書太閤記 8
「新書太閤記 8」 吉川英治著 講談社 読破

備中高山城を水攻めしていた秀吉は信長の訃報を聞き、
翌日には毛利と和議を結んで明智光秀を討つために東へ向かった。
夕方には毛利にも信長が倒れたことが伝わってきたが
秀吉に恩をうっておくために追撃はしなかった。
毛利の安国寺恵瓊は信長の次に天下を取る人は秀吉だと前から見ていたのだ。
秀吉が中国大返しをおこない戻ってくると秀吉の元へ皆集まってきた。
明智光秀は信長を討ったが主をころした光秀の元へは人が集まってこなかった。
天王山あるいは山崎の合戦で秀吉は光秀を破った。
光秀は落ち武者刈りに会い竹槍で突かれてしんだと言われている。
光秀の首をもってきた人がいたが本当に光秀の首かどうかはわからなかった。
私は家康に仕えた天海が光秀ならおもしろいなと思っていますがデタラメらしい。
秀吉が光秀を破ったからといってすぐ秀吉が天下人になれたわけではなかった。
織田家の相続を話し合うために清須会議が開かれた。
三谷幸喜著の清須会議はおもしろい。
筆頭家老の柴田勝家は信孝を推したが
秀吉の主張がとおり信長の嫡男信忠の子の三法師が世継ぎに決まった。
秀吉と柴田勝家の対立は深刻だった。
市姫は柴田勝家の妻になったようだ。

2026/01/10 05:35 | 固定リンク | 歴史小説