日本の歴史 20 明治維新

「日本の歴史 20 明治維新」 井上清著 中央公論社 読破
最後の将軍徳川慶喜は大政奉還して徳川家が筆頭となり実権を握ろうと思っていたようだが、
岩倉具視らは倒幕の密勅を出して徳川家を滅ぼそうとした。
薩摩、長州、土佐が中心となって徳川家を滅ぼそうとした。
薩長土の新政府と幕府側と鳥羽伏見の戦いとなったが幕府側は敗れた。
新政府は錦の御旗をかかげたという。
徳川慶喜はそれを見てか聞いてか大阪から江戸に帰って謹慎してしまった。
自分が逆賊になってしまったから。
薩長土の新政府は江戸に迫り幕府は江戸城を無血開城した。
あちこちで紛争もあったが新政府は会津を下し、
最後までねばっていた蝦夷の五稜郭を落として戦争は終わった。
徳川家は駿府70万石が与えられた。慶喜も殺されずに済んだ。
明治維新が始まった。身分制度は市民平等となった。
士族がなくなり徴兵令ができて平民の軍隊となった。
士族の反発は大きく各地で叛乱が起きた。
しかしバカにしていた平民の軍隊に敗れてしまった。
征韓論に敗れて薩摩に帰っていた西郷隆盛が西南戦争を起こしたが、
熊本城が落とせず平民の軍隊に敗れてしまった。
これで士族の叛乱はなくなった。
士族の不満を外征にむけようと征韓論は起こったのだが。
そして今度は平民が乱を起こした。
地租改正で税が米からお金になり平民の負担が大きかったのだ。
政府は少し平民の負担を下げた。
征韓論などが起こっていたが海外を見てきて政府要人たちは皆征韓論に反対した。
海外の文明の凄さを知ってしまったのだ。
アメリカ、イギリス、フランス、ドイツなどを2年くらいかけて見てきたようです。
岩倉具視、木戸孝允、大久保利通、伊藤博文など。
日本は富国強兵を進めることになった。
不平等条約の改正もなんとかしなければならなかった。
日本の歴史 19 開国と攘夷

「日本の歴史 19 開国と攘夷」 小西四郎著 中央公論社 読破
1853年、アメリカのペリー率いる黒船が来航した。
アメリカは日本を開国させようとしていた。
当時世界では蒸気船が主流になってきていて、
中国との貿易のためだったり捕鯨をしていて補給地が必要だったりしたのだ。
ペリーは太平洋を渡ってきたのではなくインドの方をまわってきた。
翌年、1854年に日本に再度やってくるが中国の方の港にいただけである。
この時、吉田松陰が黒船に密航しようとしたが失敗している。
またペリー艦隊が来たことにより幕末へ向かっていく。
開国か攘夷か。尊王か佐幕か、さまざまなイデオロギーの対立が起こった。
1858年には井伊直弼が天皇の許可をとらず、アメリカと開国の条約を結んでしまった。
各国とも同じような条約を結ばされた。不平等条約であった。
井伊直弼は尊王攘夷派を処罰していった。安政の大獄である。
その反動で井伊直弼は桜田門外で暗殺されてしまった。
開国しようとした井伊直弼は悪かったであろうか?
長州は外国船打ち払い令を間に受け外国の船を砲撃した。
4か国の連合艦隊が長州に仕返しに来た。
長州は砲撃を受け砲台を簡単に占領されてしまった。
陸戦ならばっと日本の誰もが思っていた。しかし違った。
薩摩も生麦事件の報復でイギリスの艦隊が薩摩に乗り込んできた。
薩摩の建物や砲台を砲撃されすごい被害が出たようだ。薩摩も外国の力を知った。
長州と薩摩は戦ったイギリスを頼みに思うようになり、
幕府にはフランスがフランス式の軍隊を学ばせていた。
長州は第一次長州征伐ではやぶれたが第二次長州征伐では幕府に勝った。
戦いの途中で将軍徳川家茂がしんだのだ。
次にようやく慶喜に将軍がまわってきた。
もっと早く慶喜が将軍になっていれば幕府はもう少しまともだったかもしれない。
しかし慶喜が将軍になった頃には大政奉還が言われ始めていた。
慶喜は大政奉還したが徳川家が天皇の摂政になり実権を握ろうと思っていたようだ。
ところが岩倉具視らは倒幕の密勅を用意した。
クーデターが起こる。
良かったのは日本はイギリスやフランスの植民地にならなくてすんだこと。
日本の歴史 18 幕藩制の苦悶

「日本の歴史 18 幕藩制の苦悶」 北島正元著 中央公論社 読破
天明の大飢饉、寛政の改革から天保の改革あたりまで書いてあります。
1787年に浅間山が噴火して灰が積もって大飢饉がきたようです。
天明の大飢饉です。
軽井沢や草津に行った時に何回か鬼押し出しを見ました。
1787年に浅間山が噴火した時に流れ出た溶岩です。
1707年に富士山が噴火した時にも灰が積もって大飢饉がきたようです。
宝永の大飢饉と呼ばれているようです。
改革は、享保の改革、寛政の改革、天保の改革とありましたが
あまり成功したとはいえなかったようです。
日本は鎖国をしていて外国船打ち払い令などがでていたようです。
蘭学者の高野長英や渡辺崋山などが開国を主張して処罰されました。
蛮社の獄と言われています。1839年頃です。
その後、井伊直弼は開国に反対した尊王攘夷論者などを処罰しました。
安政の大獄です。1858年頃です。これは次巻で扱います。
ようやく次巻から幕末期に入りおもしろくなって来そうです。
日本の歴史 17 町人の実力

「日本の歴史 17 町人の実力」 奈良本辰也著 中央公論社 読破
江戸時代中期には町人が力を持ち始めました。
飢饉なども多かったようですが、
お伊勢参りが流行ってきたり
マニファクチャーも出てきたようです。
また浮世絵などが生まれ、
海外の画家モネ、ゴッホなどにも影響を与えたようです。
政治では徳川吉宗や田沼意次のことなどが書いてありました。
日本の歴史 16 元禄時代

■2024年12月10日(火)
「日本の歴史 16 元禄時代」 児玉幸多著 中央公論社 読破
元禄時代は1600年代後半から1700年代初期頃をさすようです。
町人文化が栄え井原西鶴や近松門左衛門などが活躍しました。
また松尾芭蕉なども書いてありました。
元禄文化が花開いたのは徳川綱吉の治世にあたるようです。
綱吉は生類憐みの令で有名ですが実は名君ではなかったかと
書いた本を読んだことがあります。
この本は由井正雪の乱から書いてあり
忠臣蔵なども書いてあり興味深かったです。
ただ何石とか何両とか何匁とか書いてあってもイマイチよくわかりません。
1石は人一人が一年に食べるお米の量だと聞いたことがあります。
一両で米一石が買えたようです。
一石は米150kgくらいのようです。