織田信長 4 天下布武の巻
織田信長 4 天下布武の巻
「織田信長 4 天下布武の巻」 山岡荘八著 講談社 読破

信長は越前の朝倉に攻め込んだ。
しかし浅井が信長に背いて信長の背後から兵をあげた。
信長は命からがら京へ帰ってきた。
しんがりを秀吉がつとめたはずだがほとんど書いてない。
信長と家康vs浅井朝倉の戦い、姉川の戦いで勝利するが、
浅井朝倉はあぶなくなると比叡山に逃げ込んでしまい
比叡山の坊主も武装して悪さをするので信長は比叡山を焼いた。
このころ、武田信玄が兵3万で上洛戦をしかけてきた。
家康の領土を通っていく。信長は3千の兵力しか送れなかった。
家康は果敢にも信玄に戦いを挑んだが大惨敗してしまった。
信玄の魚鱗の陣形に家康は鶴翼の陣形をとった。
鶴翼の陣は薄く、一つ敗れるとそれで終わりだった。
信玄は家康の支城を攻めていた。
毎晩、支城から笛の歌が聴こえてくる。
信玄もその笛に興味をもち聴いていた。
その場所をめがけて鉄砲が打ち込まれた。
鉄砲の玉は信玄に当たらなかったみたいだが、
鉄砲の音に驚いた信玄は卒中を起こしたようで亡くなってしまった。
信長も家康も危機を乗り切った。
信長は朝倉を滅ぼし浅井も滅ぼした。
信長の妹お市と三人の娘は保護された。
それから武田勝頼が家康領の長篠城を攻めていた。
家康は信長に援軍を頼み、やっと信長が援軍にきてくれた。
信長は鉄砲と柵を作る角材を多数用意してきた。
長篠の戦が始まる。

2026/03/21 23:30 | 固定リンク | 歴史小説
織田信長 3 侵略怒涛の巻
織田信長 3 侵略怒涛の巻
「織田信長 3 侵略怒涛の巻」 山岡荘八著 講談社 読破

今川義元を破った信長は、人質から独立した家康と同盟を結んだ。
西は信長が、東は家康が治めようと誓った。
伊勢を滝川一益にまかせ、信長は美濃を取ろうとする。
しかし、美濃を取るには川向うの墨俣に城を築かねばならなかった。
佐久間も柴田勝家も失敗した。
そこで秀吉が墨俣に城を築くことになった。
野武士が世に出るチャンスだと蜂須賀小六を口説き秀吉は墨俣に城を築くことに成功した。
野武士が信長についたことは大きかったかもしれない。
美濃では斉藤義龍がシに龍興が後を継いだ。
龍興は女を侍らせて酒ばかり飲んでいた。
仮病を使って出仕しないものが多くなった。
織田側の調略も効いているようだ。
竹中半兵衛は龍興をいさめるため、たった16名で稲葉山城を奪ってしまった。
信長は美濃を半分やるから稲葉山城をもらいに秀吉に使者を出したが無駄に終わった。
竹中半兵衛は龍興に稲葉山城を返すと隠居してしまった。
龍興は竹中半兵衛を恨んで殺そうとするが秀吉が三顧の礼で竹中半兵衛を軍師に迎えた。
竹中半兵衛が味方になると美濃の武将の調略もすすみ、
秀吉と半兵衛は稲葉山城の裏手から兵をあげ、
信長も総攻撃をかけて稲葉山城を落とした。
信長は美濃を岐阜と改め天下布武をかかげた。
信長が岐阜を取ると濃姫のいとこの明智光秀が足利義昭をともなって士官してきた。
明智光秀は朝倉では4千500貫もらっていて、信長は1万貫で光秀をめしかかえた。
また足利義昭には細川藤孝がついていた。
細川藤孝や光秀は礼儀作法も良く知っておりこの二人にまかせておけば大丈夫であろう。
信長は近江の浅井長政に妹の市姫を嫁にやり京への道筋をつけると
足利義昭が信長を頼ってきてから3か月で京を占領してしまった。
足利義昭が室町幕府将軍となったが信長は何の官職も受けなかった。
信長は足利義昭のために二条城をたぶん作り、皇居も建て替えた。
そして信長は越前の朝倉を攻めるが、浅井長政の父久政の怒りをかった。
浅井と同盟を結んだ時に朝倉は攻めないと誓約を取っていたのだ。
浅井は今あるのは朝倉が同盟してくれていたおかげだった。
浅井長政と市姫はたくさんの子供を作っていて長政は市姫を愛していたが、
父久政と家臣たちは皆信長を攻めるという。

2026/03/20 18:52 | 固定リンク | 歴史小説
織田信長 2 桶狭間の巻
織田信長 2 桶狭間の巻
「織田信長 2 桶狭間の巻」 山岡荘八著 講談社 読破

うつけと呼ばれた信長ではどうしようもない。
弟の信行に家督を継がせたい柴田勝家らは信長に謀反を起こした。
ところが信長は柴田勝家をさんざんなめに会わせこてんぱんにした。
信長が川遊びを良くしていたのもガキ大将たちと戦争ごっごばかりしていたのも遠乗りをよくしていたのも
今日のような実践に備えたものだったのだ。
柴田勝家はさんざんやられて信長の真価を知った。
うつけなどではなかった。神だ。柴田勝家は頭をそり坊主姿になって猛反省して信長にわびた。
しかし信行は反省もせず信長暗殺のことばかりを考えていた。
そのうち信長が病気だか怪我をして寝たきりだと伝わってきた。
信行は信長の元に病気見舞いに行った。もちろん刺すために。
しかし信長は仮病で信行をころしてしまった。
これで織田家相続争いは治まった。信長が家督を継いだ。
そのうち駿府の今川義元が上洛戦を起こしてきた。
尾張の信長はうつけと聞いて余裕ぶっこいて4万の兵で攻めてきた。
信長の兵は4千あまりだが砦に兵を出しているので動けるのは2千くらいか。
信長は籠城と見せかけるために台所奉行の秀吉に三河の方まで味噌買いに走らせた。
また信長と秀吉は祭りがあると踊りに繰り出した。
踊りのうまいものに布を与え、蜂須賀小六の野武士などに協力を求めた。
尾張の砦に今川勢が攻めてきた、松平元康(家康)も大高城を攻めて落としたのかな。
今夜は今川義元が大高城に泊まると聞いた信長はほら貝を吹かせて出陣した。
秀吉が信長の馬のくつわを取り熱田神宮に走った。
2千人くらい集まっただろうか。
そこへ今川義元が桶狭間で休んでいると情報が入った。
土地のものが新たな制圧者に米、食料、酒などをもってきたのだ。
蜂須賀小六の野武士がうまくやったものだろうか。
信長は狙うは義元の首一つと桶狭間を奇襲した。
服部子平太が一番槍をつけ毛利伸介が今川義元の首をあげた。
義元が倒されると今川軍は皆逃げて退いてしまった。
いたるところで祭りの踊りの時に渡した布が織田の旗として上がっていたのかもしれない。
この時岡崎城にいた今川の武将も逃げてしまい家康がやっと自分の岡崎の城に入れた。
この後、信長と家康は同盟を結び協力していくことになる。
一番手柄は桶狭間で義元が休んでいると知らせた梁田政綱で、
二番目が一番槍をつけた服部子平太で三番目が義元の首をあげた毛利伸介だった。
その後、信長は京に上り禁裏を訪ね、室町幕府将軍足利義輝に会った。
京はシ臭が漂いシ体が放置されているようなところだった。
公家や帝が貧しい生活をしていることを知った。
信長は天下を統一して京をキレイにして帝の生活も良くする目標を立てる。
秀吉は堺で400丁の鉄砲を買い付ける。

2026/03/16 23:33 | 固定リンク | 歴史小説
織田信長 1 無門三略の巻
織田信長 1 無門三略の巻
「織田信長 1 無門三略の巻」 山岡荘八著 講談社 読破

うつけと呼ばれた信長がうつけでないとわかってくる様子がおもしろいです。
少女たちに相撲をとらせ、子分たちと畑の瓜を食い散らかしていく信長だった。
うつけなどなんとでも言え、自分の力で城一つくらい取れると思っている信長だった。
ただのうつけで終わるか天下を取るか。
信長の父信秀は結構若くしてしんでしまった。信長が家督を継いだ。
信秀の葬式の時、信長は信秀の位牌に香を投げつけ出て行った。
織田の家臣たちはあんなうつけではどうしようもない、弟の信行を立てるべきだと言った。
信長の守役の平手政秀は信長を諫め自刃してしまった。
平手政秀は信長に味方してくれていた唯一の人だった。
また信長は美濃のマムシの斉藤道三の娘を嫁にもらっていた。濃姫だ。
マムシの道三も信長の人物を認め美濃を信長にくれてやることになるだろうと言った。
しかし道三もせがれの義龍の謀反にあいしんでしまった。
信長も美濃に兵を出すが道三を助けることはできなかった。
道三がしに濃姫の価値もなくなり子供も生まなかったので、
信長は子供が欲しいと一度に妾を三人持った。
市場の針売り(秀吉)から竹千代に今川の嫁をもらって子供ができたことを聞いたのだった。
竹千代(家康)は尾張の人質になっていて捕まった信長の兄信広と捕虜交換をしたのだった。
家康は今度は今川の人質になってしまっていた。
信長は尾張を統一するのに苦労していた。
信長と行儀の良い弟の信行との対立が大きくなっていった。
柴田勝家などが信行側についていた。

2026/03/14 17:08 | 固定リンク | 歴史小説
秀吉 下
秀吉 下
「秀吉 夢を超えた男 下」 堺屋太一著 NHK出版 読破

秀吉は信長が本能寺で明智光秀の謀反にあったことを知り、
毛利にばれる前に和議を結び明智光秀を討つために近畿に戻ってきた。
織田家はばらばらになっていたが秀吉の元へ集まってきた。
四国に渡ろうとしていた丹羽長秀と織田信孝とも合流できて光秀と戦って勝てた。
光秀は落ち武者刈りにあってしんだといわれている。
柴田勝家は上杉と戦っていて、滝川一益は群馬で北条と戦っていて、
甲信では一揆がおこって無法地帯となっていた。
徳川家康はこの機に甲信を手に入れた。
織田家相続争いで秀吉は柴田勝家に賤ケ岳の戦いで勝って有利になった。
しかし織田信雄は家康に援護を求めて小牧長久手の戦いで秀吉は家康に敗れる。
ここで秀吉は伊勢の織田信雄を攻め和議を結んだ。
家康は秀吉と戦う名分がなくなり手を引いた。
なんとか家康を服従させたい秀吉は結婚していた朝日を離縁させて家康の妻にした。
それから母も家康の元におくりやっと家康に上洛してもらった。
家康は臣下の礼をとってくれた。
これで秀吉は九州まで制圧して関東の北条も滅ぼし会津まで行き東北も制圧下に置いた。
1590年に秀吉は家康を東海甲信から関東に移した。
三河、遠江、駿河、甲斐、信濃の5か国150万石から関八州250万石への加増だった。
1569年に武田信玄に焼かれた秩父神社を1592年に家康が再建してくれた。
この頃に弟の秀長がしんでしまった。
秀吉は千利休も切腹させた。
シンプルなわびさびに徹した千利休の茶道と組み立て式の黄金の茶室を作った秀吉は合わなかった。
日本を統一した秀吉だがもう家臣に褒美で渡す土地がない。
平和になり士族もいらなくなりその不満を外征に向けるため朝鮮に出兵した。
明治維新の時も徴兵制ができて士族の不満を外征に向けるために征韓論がおこった。
秀吉は朝鮮は明まで道案内してくれて簡単に明を制圧できると思っていた。
大きな間違いだった。
秀吉とお市の娘淀殿(茶々)に子供が生まれ一人目は2歳でしんだが二人目も生まれた。秀頼である。
秀吉は何度も五大老の徳川家康、前田利家、毛利輝元、上杉景勝、宇喜多秀家に誓紙を書かせ
秀頼を頼むといって亡くなった。
秀吉が織田家を立てなかったように秀頼にも天下がまわってくることはなかった。
秀吉に商売の仕方や帳簿のつけ方を教えてくれたがんまくこと石川五右衛門はつかまり釜茹での刑になった。

2026/03/13 16:29 | 固定リンク | 歴史小説
秀吉 夢を超えた男 中
秀吉 夢を超えた男 中
「秀吉 夢を超えた男 中」 堺屋太一著 NHK出版 読破

朝倉の元にいた足利義昭が信長を頼ってくると、
信長はあっという間に上洛して京を占領してしまった。
近江の浅井長政にお市を嫁がせていたこともうまくいった。
京では足利義昭のために二条城を作ってやったのかな。
朝廷の方にも献金してやったり館を作ってやったようだ。
室町幕府将軍に返り咲いた足利義昭は信長のことを父のように思うと言った。
義昭は信長に副将軍についてもらいたいと言ったが信長は受けなかった。
信長は堺などの支配権だけもらった。
商業に眼をつけていたのは信長だけだった。
それから信長は越前の朝倉に攻め込んだが、
近江の浅井長政に背かれ信長は退却した。
この時秀吉はしんがりをつとめが無事京に帰れた。
秀吉の株は上がった。
浅井朝倉と姉川の戦いとなるが徳川家康のおかげで勝てた。
そして武田信玄が上洛戦をしかけてきた。
徳川家康の領地を通っていく、家康は果敢にも信玄を攻めたが惨敗してしまった。
信長も3千の兵しか送ってくれなかった。
しかし武田信玄は病気で亡くなってしまい武田軍は退却した。
信長は信玄や浅井朝倉に信長を討てと手紙を書いていた足利義昭を追放した。
ここに足利幕府は終わった。
信長は浅井朝倉軍が逃げ込む比叡山を焼いた。
そして朝倉を滅ぼし浅井も滅ぼした。
浅井長政に嫁いでいたお市と3人の娘たちは保護された。
秀吉は北近江12万石をもらって大名へと出世した。
琵琶湖の東の今浜を長浜と改め城を築いた。
その城には琵琶湖の船を引き入れることができた。
また近江の国友村には鉄砲を作れる鍛冶がいて量産させることにした。
そして長篠の戦で鉄砲の力で武田勝頼を破った。
家康にとってはやっと信長が援軍に来てくれた。
しかし信長は家康の妻と長男信康に謀反の疑いがあるところさせた。
妻と信康には今川の血が流れていたので無理もない。
信康に嫁がせた信長の娘徳姫ともうまが合わなかったようだ。
次に脅威となったのは上杉謙信だった。
信長は安土城を築いて守りの要としたが上杉謙信は卒中で死んでしまった。
あとは大阪の本願寺が残るのみとなったが
早くから信長についていた摂津の荒木村重が謀反を起こした。
秀吉の軍師黒田官兵衛が説得にいくが1年間も地下牢に入れられた。
荒木村重の部下が本願寺に兵糧や武器をまわしていたのだ。
それが発覚したので信長を裏切るしかなかった。
また毛利の水軍が瀬戸内海の制海権をにぎっていて本願寺に物資を入れていた。
信長は最初の水軍の戦いで敗れたが鉄甲船を作り毛利水軍を撃破して制海権を得た。
これにより荒木村重は城から逃亡して黒田官兵衛は助けだされた。
本願寺も大阪を退いた。伊勢の一向一揆にも苦労したものだ。
そして秀吉が毛利と戦っていて備中高山城を水攻めにしていた時に信長の訃報が届いた。
本能寺で明智光秀の謀反によって信長がころされたのだ。

2026/03/06 14:57 | 固定リンク | 歴史小説
秩父ミューズパーク梅園2026年3月5日(木)
秩父ミューズパーク梅園2026年3月5日(木)
https://youtu.be/aiulKoFgAB0
秩父ミューズパーク梅園も見頃となっております
2026年3月5日(木)

2026/03/05 13:22 | 固定リンク | 動画
水鏡推理 Vlll マイクロプラスチック
水鏡推理 Vlll マイクロプラスチック
「水鏡推理 Vlll マイクロプラスチック」 松岡圭祐著 角川文庫 読破

この本の世界ではマイクロプラスチックの被害が、
花粉症のように大きな広がりを見せていた。
実際に私もマイクロプラスチックはそれ以上分解されずに、
魚や人体に蓄積していくと聞いたことがある。
それで本の世界ではマイクロプラスチックが排出されるというアプリが広まっていた。
しかしそれは皆インチキくさいアプリで体を悪くする人が現れた。
また体内洗浄クリニックなどが盛んになりそこでも施術ヵ所が悪化する人が現れた。
ヒロイン水鏡瑞希は文科省の科学技術・学術政策局研究環境課、研究公正推進室という部署のホープ。
水鏡瑞希はアプリがインチキなことを証明してインチキな施術をしていることを突き止め、
警察に突きだすことができた。
っという理解で合ってるかな。。

2026/03/02 23:08 | 固定リンク | 小説
秀吉 夢を超えた男 上
秀吉 夢を超えた男 上
「秀吉 夢を超えた男 上」 堺屋太一著 NHK出版

尾張(愛知県かな)でサルと呼ばれた少年(秀吉)は、
義父とうまがあわず家を飛び出した。
父が残してくれた銭を針に変え各地をまわったようだ。
がんまくという者が教えてくれたものだ。
また今川領の松下嘉兵衛というものに仕えたが
納戸役までいったが尾張者だったり体が小さかったりしてせいで
いじめられて暇をもらって尾張に帰ってきた。
秀吉(木下藤吉郎)は信長に士官したいと思った。
またがんまくがとりもってくれて信長に士官を果たした。
がんまくはのちの石川五右衛門であった。
秀吉ははじめは柴薪奉行を勤めた。
帳簿のつけ方をがんまくが教えてくれた。
米を炊くにも薪がいる。秀吉は使い終わった火を消してまわって
焼け残った炭や木を持って行ったようだ。
信長も焼け残った木を見てサルもやってるなと思ったようだ。
当時は火をつけるのが大変で火種を管理する人が決まっていればいいと私は思った。
また蜂須賀小六などの川浪衆を使って柴や薪を安く買い占めたようだ。
蜂須賀小六などの仲を取り持ってくれたのもがんまくだったかな。
2年くらい柴薪奉行を勤めた秀吉を信長は気に入り草履取りにしてくれた。
草履取りになると各武将たちとも会う機会が増え情勢を聞いたりできたようだ。
馬に乗った信長についていくのも大変で他の従者に遅れないようについていけば良いとおもったようだ。
それから秀吉は足軽になり、やっと士分に取り立てられた。
戦いは一人で飛び出すのではなく槍衾をつかって団結することが大事だった。
今川義元が上洛戦を起こしてきたのはこの頃だろうか。
今川義元は前線の勝利を受けて余裕しゃくしゃくで尾張に近づいてきた。
信長はこの時を待っていた、ほら貝を吹き一気に出陣した。
うまく前線にたどり着いた信長はそこで梁田政綱の細作が
今川義元の本陣は桶狭間に向かっているという確かな情報をもたらした。
2万5千人の今川義元も各地の砦に兵を送っており、本陣には5千人くらいがいるだろうか。
信長の兵は2千5百くらいだ。勝ち目はある。
信長が今川義元の本陣に殺到した時には義元はもう逃げ支度をしていた。
服部小平太が一番槍をあげ、毛利新介が義元の首を上げた。
大勝利だ。逃げる今川勢を追って信長軍は皆たくさんの首をあげたようだ。
義元の首を上げた毛利伸介は500貫を加増で、
義元に一番槍とつけた服部子平太は1000貫の加増で
一番の褒美は義元の居場所を教えた梁田政綱で3000貫の加増を受けた。
このあと秀吉は組頭となり丹羽長秀のもとについた。
組頭になったので弟の小一郎秀長を呼び寄せて家来にした。
また組頭になったのでおねとの結婚もできた。秀吉25歳、おね15歳。
お城の崩れた石垣をなおしたのはこの頃だったかな。秀吉の手柄になった。
信長は美濃(岐阜)を攻略するため小牧山に城を移した。
秀吉は川向うの美濃領の墨俣に城を築くことに成功した。
そして博識高い竹中半兵衛を秀吉は三顧の礼で軍師に迎えた。
竹中半兵衛は西美濃三人衆の安藤守就の娘の婿だったことから
西美濃三人衆の安藤守就、氏家卜全、稲葉一鉄は信長についた。
あとは稲葉山城を落とすだけとなり斎藤龍興は降伏して美濃から追放された。
信長は美濃を岐阜と改め天下布武をかかげた。
稲葉山城は岐阜城となって信長の本拠となった。
そこへ越前の朝倉を頼っていた名ばかりの室町幕府将軍足利義昭が
信長に頼りたいと明智光秀をつかわせてきた。
信長はこころよくそれを受けた。

2026/02/28 14:07 | 固定リンク | 歴史小説
宝登山神社
宝登山神社
https://youtu.be/t1TgjwZRjVs
今日は宝登山神社を見に行ってきました。

2026/02/27 17:17 | 固定リンク | 動画